2005/09/06
決定稿・無観客試合と演劇
過日『無観客試合と演劇』で一文を起こした。この拙文、こちらのつごうで継続にしていました。続きがなり、以下に全文を記載します。お読みいただければ幸いです。
また、『大阪物語』上演台本pdf 第1版が起きましたので、アップしました。
『 演技について 〜無観客試合と演劇〜 』
1 「無観客試合」の形容矛盾
演劇公演の舞台を、テレビ録画などで観ることがある。多くは『劇場への招待』とかいった番組なのだが、そこでは舞台を観るという感覚を捨て去ることを思う。これらの番組の多くは、当然のことではあるが、ある企画と意図によって、任意の部分が選択され、切り取られて、編集されたものである。この無観客試合は、それはそれである
今ひとつの無観客試合を、テレビで観戦。タイで行われたW杯アジア予選、日本×北朝鮮戦のテレビ中継なのだが、この私の観戦という位置は、国際サッカー連盟(FIFA)によるのだろけども、無観客試合なので、いくらテレビで観戦していても、やはり私は観客ではないことになる。この事態からすると、観客とは試合会場にいる観衆のことになる。語の意味を予断すると、試合を衆目にさらさないことが、無観客試合と思われるが、背に腹は変えられず、あるいは、中継契約を解約できなかったのかも知れない。北朝鮮での試合チケットを予約していた人たちは、キャンセルの憂き目を見たのか。ともあれ、テレビの前で、ライブ中継がフレームで切り取られた全体であったとしても、私は観衆であった。
私は、といいながらもこの事態の経緯を、何もわかっていない。そして知らない。第三国で行うのは、ホームでやるはずだった、北朝鮮への制裁なのか。同時に、試合終了後の選手たちが危害が加えられるかもしれない事態を、それは「北朝鮮での観客暴徒化を理由に、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本×北朝鮮戦を第三国、無観客で開催するとした処分」であるなら、北朝鮮の観客に対するペナルティのツケを北朝鮮サッカー側が被ったのか。さらに、であるなら日本サッカー協会と、当日、サッカー場で観戦しようと予定していた人々が、割をくったということになる。ではこのような事態を招聘したFIFAは、どのような自己責任処分を自身に課したのか?処分を断行することがそうなのか。
まあ、いってしまえば、これらのことはどうでもいいことだ。私が引っかかったことは、無観客試合という言葉の形容矛盾だ。この言葉の成立する前提は、試合という概念に、観客が含まれているからにほかならない。それは「観客試合」という言葉がないほどにである。にもかかわらず、無観客という形態で、試合を形容する。つまり試合でないものを試合といってしまう、自己矛盾がこの形容矛盾の本質だ。語の正意から行けば、無観客試合という言葉は成立しないのであり、仮にそのような形態があったとしても、すでにそれは試合ではない、ということである。多分、試合という言葉か、観客という言葉が曖昧であるのか、概念そのものをずらさざるをえない状況にわれわれはいるのだろう。
2 観客と試合と
さてお断りしたいが、私はここで観客論を開陳しようとしているのではない。観客という言葉を整理しようとしているに過ぎない。したがって、次のように「無観客試合」を整理したとしても、ここで綴ろうとすることは残る。
国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会の決定は、再びの事態を避けることであり、それは日本人選手と日本から訪れるであろう観客らへの安全性の配慮、つまりはW杯アジア予選での不慮の事故に対する配慮等なのだろうが、結果、これをなぜ「無観客試合」と表現するのか、ということになる。
閑話休題。どうも持ち場が違うところに迷い込みそうである。私は、スポーツ選手でも、スポーツイベント屋でもない。ましてや、武道を志すものでもない。舞台表現を志すものであり、その思想性が、抜き差しならぬものであるなら、それを由とするものです。いわば、単なる門外漢である。そこで「観客」という言葉を手がかりに、見えないものを、この際見ておこうとするには、徒手空拳で進みすぎるように思われる。
実は、この私の発言には経過がある。
かつてJリーグが発足間もないころ、あるクラブチームが破綻するなどし、観客動員が落ち込んだ時期があった。このとき当時のチェアマンであった川淵某が、正確ではないが「選手はがんばってもっといい試合をしないとだめだ……」とのインタビューコメントがテレビニュースで流れていたのを記憶する。この発言を舞台に置き換えてみよう.。
「面白い舞台であれば客は入る」
これは間違いではなく、正解だ。だが、何もいっていないに等しい。「面白い舞台であれば客は入る」とは、それはそれで当たり前のことであり、だからといって無制限に観客数が増加するのではないからだ。「いい」や「面白い」は、ある価値観の表出である。ついには個的な嗜好だ。個的な嗜好が情報として力を持つには、生活圏を離れてはない。私が言うまでもないが、この個的な嗜好が生活圏を離れ、つまり幻影化するには、マスという媒体や、メディアが必要だろう。したがって「面白い舞台であれば客は入る」という物言いは、生活圏での話しであり、ここにマスコミュニケーションの浸透度により、その生活圏は広がるのであろうが、やはり、口コミという交通形態を逸脱しない。
だからこうも言うことができる。個的な嗜好が生活圏を離れ、つまり幻影化することによって、個的な嗜好が操作可能となるなら、
「面白くない舞台でも客は入る」
これは論理的帰結となる。また、それが継続するかどうかは別問題で、本質論とは別に、イベント屋の力量と、ビジネスモデルに帰結するだろう。
すでにお分かりのように「選手はがんばってもっといい試合をしないとだめだ……」とは、川淵某の無責任な、責任放棄の発言に他ならない。それが、現場への叱咤激励の発言だったとしても、事態の起因を選手たちに求め、責任回避を図ったとなるほかない。百歩譲ったとして、ではチェアーマンとは何者なのだ。
現場経験もないので、選手という言葉を持ち出すのはやめよう。つまり俳優は舞台で、いい舞台をしよう、面白い演技をしよう、あるいはダメにしようなどという、そのような即時性を展開するのみの余裕はありません。やらなければいけないことは、そんなことをうっちゃり、通り抜けて山ほどある。
さて、この論理破綻を回避したものを日韓共催W杯だということができるのだろうか。定かではないが、私にはそのように見える。これをだれが支えたのか私にはわからない。また位置づける立場にない。それでもこうして今、私は「無観客試合」という言葉に向き合っている。
出発は「観客」と「試合」という言葉が並列する違和から、無観客試合という言葉は形容矛盾だだとする想いから出発している。私の力量で、ここでスポーツの何たるか、試合の語源等を紐解き、この私の違和に迫ることはできない。舞台とうい作業場に足を置き、生活感覚を押し開くことだけだ。
さて、スポーツと試合はいつのころから手を取り合ったのだろうか。近代日本の国威高揚として西洋式肉体強化術云々となると、稿数がいくらあっても足らない。違う語り口をしよう。
私は試合という言葉を、どこまでたどることができるのか。果し合い状。宮本武蔵。決闘。どうやらこのあたりだ。死合い、間合いを試す、死を合わせる。こういうイメージが成立してくる。仮に、何の根拠もなく、武道の世界では命のやり取りを試合という、と言えば、私の語感に重なる。そうであるのかどうかは別として、つまり試合という語含意は個的なのだ。決闘は1対多でもイメージできる。これが集団的になると合戦となる。さてあたかも、試合が死合いに重なるとしているが、そうではない。天覧試合、御前試合などとなるとすべては死合いに重ならない。ここで一貫しているのは勝負ということである。それは死合いを含んで、生き死にの問題であったのだろうということだ。これが私の位置づけである。
さて、命をやり取りする試合に、われわれはどのように加担することができるのだろうか。多分、その事態に立ちすくむしかないだろう。これは野次馬ということだ。野次馬以外には立会人がありえる。また、助太刀人もありえる。こうなると、観客の出自は、試合に対した立会人なのだろうか、助太刀人、野次馬なのか?
たしか、黒澤明の姿三四郎と試合をした月形龍之介たちは、吹きすさぶ未明の荒野で絵になっていたように……記憶の彼方です。
命のやり取りを語り継ぐようにあった立会人は、審判になったように思われる。助太刀人が観客だ。野次馬はついに野次馬で、第三者で責任の埒外だ。もうほとんど私の悪意はaudienceはaudaciousやaudioに通じる。
ここで、やっとサポータという言葉にたどり着いたことになるが、この言葉はいまだになじめない。私の直訳ではサポータは助太刀人だ。ましてやサポータは十二人目の選手といわれると、観客たろうとしている私は困ってしまわざるをえない。
甲子園球場には観客もサポータもいない。阪神ファンがいるだけだ。
ともあれ、日本式の命のやり取りの試合から、死合を抜き去った、仕合をスポーツに重ねることで試合はゲームになった。そこでやり取りされるのは勝負だ。これがとりあえず整理して差し出すことのできる私の独断と偏見だ。
さてもう一つ、古代ローマの円形劇場には剣闘士がいた。これは娯楽性の高い見世物だが、元は葬儀であったとものの本にはある。そこには市民という観客がいる。儀式だ。
勧進相撲も神社や仏閣で行われた儀式だ。大衆という観客がいる。
最後にギリシャ悲劇にはコロスが登場する。コロスは「舞台と観客との間の媒介者」としている。
試合という言葉にこだわりながら、観客というイメージをすくい上げようとすると、このように多義にわたる。ここで言う野次馬からコロスまでに共通する立場は、当事者ではないということである。
さてさて、ここまでの無理に無理を重ねた、論拠も示さない独断と偏見は当然のように行き詰るわけで、次のように命題らしきものを掲げ、文意を運ぶことにしよう。
サポータはどこに行ったのか?
日本×北朝鮮戦のテレビ中継画面から、こぼれ聞こえる太鼓と応援コールの中にいたのか。いや、あれこそ感動的にも、任意の第三者たらんことを選択したにもかかわらず、拒絶された観客と呼ばれたはずの一群ではなかったのか。どう考えてみても、FIFAが無観客試合ということで、ゲートの外に押しやったのは、あの一群であったと思われる。だが、テレビ中継中のアナウンサーや、解説者、あるいはサッカー関係者の発言を総合すると、彼らはサポーターに変身したり、また観客になったりしてしまうのだ。ついには「日本全国のテレビで応援していただいたサポーターのみなさん」まで登場する。
ここまでくるとわけがわからず、納得するにはサポーター=観客と理解するしかない。しかしこれは「無観客試合」ではなかったのか。
するとFIFAは「無観客試合」ということで、押しやったものとは、何なのか?ほとんどもう、何かを押しやるように装うことで保障したのは、FIFAの権威だけだ、などと与太を飛ばしたくなる。
もちろんこんなことを綴るために、文意を運んでいるわけではない。しかし一つだけ言っておきたい事は「サポーター=観客は十二人目の選手だ」という、あたかも本質に迫るかのようなメッセージは、なんら内実を持っていなかったということである。つまり日本サッカー協会は「十二人目の選手」がいない試合などありえない、とはしなかった。選手のいない試合などありえないにもかかわらず、である。あたかも本質に迫るかのようなメッセージを保障するためのポーズすらしなかったのではないか。その証左に、重ねて不思議であったのは、誰もが「無観客試合」など試合ではないという意思が組織された、と思わないではないか。ここまでくると、FIFAの「無観客試合」を素直に受け入れたというのではなく、サポータと呼ばれる側にサポータはいなかったといわざるを得ない。するとサポータとはクラブチームを、無償で真摯に支えようとする、ファンたちのことだと、これまた言わざるを得なくなる。
この事態を、語彙や形態を含めて混乱しているというのは容易い。そのようにあるなら、やがて整理されるだろうとなるからだ。リアリストを装えば、整理されるなら、とっくの昔に整理されているはずだ、となる。つまり、このあたかも一見混乱と見える現状こそ、整理されているのだ。この仮設が私の違和と結びつく。違和であるから合理的ではないとならないから、ややこしい。
つまり、そもそもは「無観客試合」という言葉を発したとたん、観客という概念を含意しなかった「試合」という言葉に、観客がへばりついてしまうのだ。「無観客試合」という言葉がそれほどの力を持っているというのではない。むしろ「試合」という概念が、そのとき捻じ曲げられたことによるのだ。それは「試合」という文化が照らし出されたというほうが正解であろう。つまり、本来的には「試合」という概念に、「観客」という概念が含意されなかったのにもかかわらず、現代の私たちの想いが、「試合」という言葉に「観客」を預けてしまわざるを得ないねじれからくる、歪みの磁場が、一瞬、見通しのいい荒野に連れ出されたのである。もちろん、語源としてここで言う意味で「試合」があったのかどうかではなく、現代のわたしたちにとっての「試合」の語源がそう捏造されているということである。
さて、ここまで「試合」という言葉への思い入れを持つと、FIFAはこれにどのような言葉を使ったのかが、気になってきた。The Japan Times OnlineのThe Associated Press(AP通信)によると「with no spectators」という文字が見える。ここでは「観客」に「audience」ではなく「spectators」を使っていることがわかる。 この状態をFIFAは「behind closed doors」(非公開ということだろう)という言葉を用いている。これらはインターネット上の検索サイトで調べたもので、FIFAのオフィシャルサイトを覗いたりもしたが、規約委員会の公式文章に直接あたったのではないことをお断りしておきたい。ちなみに、ニュース記事では「試合」という語に「match」や「game」が当てられている。さらにお断りしたいがFIFAの公用語が英語かどうかも調べてはいない。これは余談になるが「spectators」の近似値として「specter」に目がいくこととなった。
3 真剣勝負
ようやく表現の鳥羽口に立つことができた、といえるが、やはり次に移る前に「試合」に対して決めうちを綴っておくしかないようである。
私たちは現在生活の中で「真剣勝負」という言葉を持っている。気軽に使ったりもする。私の個的な言語観から行くと、いつのころ捏造されたのであろうか、と考えてしまう。このトートロジーは何を意味するのか。この拙文の脈絡から行くなら、勝負とは元来真剣で行うのであり、この勝ち負けを死合いに重ねるものを試合とした。そう位置づけることで、ここで言う「無観客試合」を理解しようとしたのだ。繰り返すことになるが、試合でやり取りする勝負は真剣でこそ決着する、とするなら、なぜその試合を、駄目押しするように「真剣」と念押しせざるを得ないのか。それは「試合」が「試合」でなくなり、かつての「試合」に対する追憶と記憶が忘却の彼方から「真剣」という言葉を呼び寄せるのだ。不謹慎にもソシュール風に言えばランガージュの再配列が行われたのである。関係構造からいえば交通形態の変容なのだが、さてこれはわれわれ精神の、自然成長過程として変容したのであろうか?別稿を起こさねばならぬ領域に突入することは避け、誤解を恐れず言い放つが、これでは『龍馬はいかない』であろう。私たちのが引き受けてある近代は、いくつかの世界大戦を持ってきたではないか。同時に連合赤軍「事件」はある。つまり、先日の、三年一組の教室に投げ込まれた、火薬入りの瓶を、どう演劇的に解決できるのかということである。残念ながら、われわれの演技論は、その爆発の前で佇んでいる。そして明確にいえるのは、火薬入りの瓶の対極にあるものが「無観客試合」という概念である。
「試合」から「無観客試合」への推移は、「勝負」から「真剣勝負」への変容性に重なる。この、「勝負」から「真剣勝負」への変容性の中にあるのは、われわれが引き受けてある近代、これらを上記のようにイデオロギー(=ドクサ)としてマニフェストするのはそう意味あることとは思わない。それはまた、換言して「勝負」から「真剣勝負」への推移が、文化成長過程として、われわれの持つ攻撃性や、テロリズムの非生産性を官許の元に去勢するという経済性のみで置き換えられたものだ、と言い放っても同時に意味がない。つまり「勝負」から「真剣勝負」への推移を歴史成長過程と位置づけしまう仮設は、「投げ込まれた、火薬入りの瓶」としてあるこの今を、無批判に追認するだけのこと以外ではないからである。
さて、これらはそうあるという前提である。話しを進めるには、これらのカテゴリーに対し身体を置くという作業である。当然それは演技論である。この表現行為という視座で「無観客試合」の「観客」を見ていくことにしよう。
まずは「観客」という言葉が、スポーツと呼ばれる現代的な語彙の中に、どのように閉じ込めれれているのかを、炙り出す事になるだろう。かといって、スポーツ原論があると仮設して舞台表現という物事を進めてきたわけではないので、そうせず、むしろ、表現における観客という観点から接近して荒書きすることが、ここでの道筋である。つまりまっとうにそうせざるを得ないのだ。
たとえば、あるテレビを見ているとき、スポーツ中継アナウンサーの「高橋尚子選手が、沿道の観客に向かって、手を振り声援にこたえています。まもなく四〇キロを過ぎます」という発声をしたとしよう。ここでの、このスポーツ中継アナウンサーは状況を、スポーツ、一人のマラソン選手、観客という絡みで紡いでいるわけだ。一人のマラソン選手が観客に対し、状況をマラソンしている。では、観客は誰に対しているのか、といった細部に踏み込む勇気はないが、スポーツ中継アナウンサーは、一人のマラソン選手がマラソン競技を行っている状況に、もう一つの何かを付加したのだ。スポーツ中継アナウンサーが沿道の観衆を観客と呼んだとき、一人のマラソン選手は、表現という属性を背負ったことになる。スポーツが表現に成り下がった瞬間である。つまりスポーツは何かに成り上がることもできないし、成り下がることもできないという意味でである。このマラソン競技がイベントとしてあったのかどうかということは関係ない。スポーツはスポーツであり、表現は表現である。
ここでの意図を明確にするために「スポーツは表現か?」と問うことにしよう。それは表現であると同時に表現でない。トートロジと逆説のオンパレードだが、それはこうだ。スポーツとは対他性においては競技であり、対自性においては表現である。では表現とは何か?
【 注記 1 】 ここまでの「1」から「3」は、闇黒光の文責で、2005年06月10日に『Blog 大阪演劇情報センター/更新記録・編集後記 ODIC』に綴られたものである。参照URLは「http://info.odic.ne.jp/yam i/b_log/P_BLOG/」である。
4 情報としての観客=演技論の地平
行きがかりとはいえ、思わず「表現とは何か?」などと問いかけてしまったことに後悔しきりである。当然、これに真っ当に答え切る力量はない。
ならばこの拙文の出発と、自問の意図に還り、思いを絡みとるしかない。幸いなことにかどうかわからないが、右記の「3」から、この「4」へは意図的に、ほぼ一ヵ月の時間があった。書きなぐった思いは頓挫したことになってしまったので、その後思いも動く。これを整理することから始めよう。
所期の思いは、そう複雑なものではなかかった。仮に「無観客試合」という言葉が実体化してあったとして、そこで屹立するイメージへの違和とは何か?これを整理することで、よしとする魂胆であった。だがさて、ことはそういうことだけではないようである。つまり「無観客試合」とは、様々な語り口はあるだろうが、この拙文でした、試合の形式を規定する用語ではなく、観客に纏わる概念の問題であるとせざるをえないのではないか、となる。ここに、思わず「表現とは何か?」などと問いかけてしまう脈絡があった。これが整理の大枠である。
できれば、サッカーには「無観客試合」というゲネプロ(オペラなどでは、初日の前に、本番どおりに行う稽古のことをいう、とものの本にあります。演劇業界でもそうかもしれません。アリアリの稽古です。バックツアーなどで、見学の方は居るかもしれませんが、観客はいません。Generalprobe=ドイツ語)のような試合があるんだ、ということで通り過ぎたいのであった。しかし、これはFIFAの国際試合である。そこで「無観客試合」と宣言するのである。世界規模のイベントのなせる業であろうが、うがっていえば「ゲネプロは本番です」というのである。
このとき「はいそうですか」といえないのは、ここで問題をこう仮設するからに他ならない。ことはサッカーの問題ではない。「無観客試合」という言葉がありえたという、私たちの状況の問題であるだろうからだ。それが「無観客試合」という概念でもなく、またイメージでもなく、である。この言葉が状況として成立しえたということは、そのバックボーンがすでにあり、それが「無観客試合」という価値で成立することにより、物事の関係は変容したということを意味する。それはまた、表現行為が見定めることを余儀なくされる観客の在り処が、これまでとはずれてある、ということになるからである。
換言するなら、無名性のなかに観客がいるであろうと想定したゲネプロと、あらかじめ観客を拒否して、観客を想定することは、決定的に異なる行為である。
多分、演劇営為が、見る観られるという相対性の磁場から抜け出し、可能性としての関係性を行為する作業であるならば、必ずや見るという行為は、体験から経験に登りあがる作業として、舞台に上がり役者たらんとする俳優の前に、俳優の対自性を含んで起ち現れずにはおかない。これが無名性の中に観客を想起するということであり、結果、演劇営為は可能性の実態を私権化して、行為するという役者たらんとする身体のうえで、演技を捏造する方法へ至ろうとするものであるのなら、この観客の在り処のずれは、何をもたらすのであろうか。
私はいま、注釈をことさら加えず、未知座小劇場の演技論をマニフェストめいて語っているのは、その演技論を情報論として語るしかない逡巡からくる。端的にいえば、ここでいう「見る観られるという相対性の磁場」は、もう遠い昔の《昭和》という時代にあった物語としてではなく、あらためていうまでもないが、それは今日でいう情報としてあるからに他ならない。情報=物語についての何ほどかを語らねばならないのだろうが、このあたりの「情報と演技」に対する位置付けは、別途拙文として『情報と演技について』や『演技について』(http://info.odic.ne.jp/yam i/engekiron/ronsyu.php)があるので参照願えれば幸いである。文脈上概括するなら、行きはぐれてしまった「観客」や「物語」への望郷の眼差しを、別名としての「もう一つの物語」あるいは「ありえてしまった未来」に送るのではなく、あるいはまた「すべてを概括するかのようにあった、物言わぬように物言う日常」を嘯くように、凝視するのではなく、百花繚乱の情報論の海へ竿さし、それに耐えうる演技論を行為するを良とした。だが、いま演技論は情報論を装いわれわれの前にあるのだ、と揚言したのであった。
さて、この「4 情報としての観客」は前節の『表現行為という視座で「無観客試合」の「観客」を見ていく』ということから始めたが、思いの丈で強引に纏めているという感を免れ得ない。それは、素直に文章化することが出来ず、こう「纏める」ということでしか文意を運べない、私の現状を示してあるといえる。そうはならじとするなら、素描しようとしてきたイメージを提出し、この纏めに繋げておくことで、この拙文を終わることにしよう。
5 卑弥呼の踵
舞台という形式をどこから想起するのか、ということにもなる。それは、どこまで時間のネジを巻き戻しておくのか、ということである。またそれは、削ぎ落とすことの出来るものはすべて削ぎ落とすという仮設である。この社会性を帯びた表現という鏡に「無観客試合」はどう映るのか。
もちろんこれはイメージの話しであり、その原初形態から前述した「無観客試合」を見ようとしてきた。ここでいうイメージというのは、ロマン・ロランの「花で飾った一本の杭」のようなものである。このロマン・ロランの「杭」は祭りの原初形態と読むのだが、さて舞台の原初形態は。
原始共産制。雨乞いが行われている。それは共同体の意思である。「薪くべ」が行われて炎が舞う。祭壇がある。その前で巫女は御託宣を求める。それらを前に人々は祈る。ここにいる巫女は、私の場合は「事鬼道 能惑衆」の卑弥呼である。やがて御託宣がおりる、それは御託宣がおりたと装うことかもしれない。ともあれ卑弥呼は踵をかえす。
踵がかえったこの瞬間こそ、世界史のなかで舞台が成立した瞬間である。これらはすべて儀式の一環であるかもしれないが、そのとき卑弥呼は、人々と萬神の間に割り入り、自身を物語ろうとしたのだ。祈る人々は、一瞬に観客に転換した。余談になるが、舞台にあがり役者足らんとする俳優の、この踵をかえすという様態は、何ものかを一瞬に異態に転換する行為のことである。人々はこれを演技というが、技とするにはおこがましい。ということで、できるなら、あらかじめ役者である能役者と言われる方々にお任せしたいのが、偽らざるところである。だからといって、舞台にあがり役者たらんとする俳優はアンドロマックよろしく「天におわす我らが大神様よ」というわけにはいかないのである。つまり、ここでの構図は、卑弥呼の前に観客はなく「無観客試合」がある。また観客の前には卑弥呼はおらず「無観客試合」がある。
この拙文で出発してあった「違和」は、卑弥呼の側からする「演技論」であると括ることができるだろう。また、観客の側からするそれは「情報論」であるしかないのだ。この二つは、ゆきはぐれてある。唐突に聞こえるかもしれないが、この拙文に隠された、舞台で行為することのリアリティーのなさや、物語の不可能性は、ここでも論証できるはずである。これらを前にして、逃げを撃つのは容易い。この「演技論」と「情報論」をまとめて情況論として語ればいいのである。もちろん逃げであっても、それが現代的な課題や思想的課題、あるいは演劇的課題に対し何らかの仮設を提示したものであれば、それは一つの営為であり、一つの可能性である。当たりをつけていえば、それでは現象学としての論にならないのである。このジレンマこそ『演技について 〜無観客試合と演劇〜』という拙文であるということは言をまたない。
繰り言になるまえに「無観客試合」にかえろう。であるが、これまたあるイメージになる。これを提出して終わりにしたい。
前述で、舞台の基点を卑弥呼の踵にもとめた。そこからの「無観客試合」のままでは、ついにそれは単なる総括に過ぎない。すでにお分かりのように「無観客試合」は総括の対象ではないのだ。それは課題であり、可能性である。そうであるなら、もう一つの視点が必要であった。仮に卑弥呼の踵が千年の向こうなら、千年のあちらが必要となる。来年のテント公演でも汲々しているのに、なんのホラだというのは請け合いだが、これは大向こう受けを狙った法螺なのでご勘弁願いたい。ここに「虚体」をおきたい。「虚体」といえば埴谷雄高の自同律の不快としての「虚体」であるが、自同律の和解としての「虚体」を本歌取りするのである。たとえば「わたしが蝶であるとするとき、わたしは蝶である」としての、自同律の和解としての「虚体」である。向こうとあちらの幅のなかで、こちらの「無観客試合」を、自同律の和解としての「虚体」から見定めることを試行する。もうことは「無観客試合」でなくなるのはいたしかたない。
やはり最後にお詫びするしかないようである。論拠や出典を示さないままの軽業師めいた展開は、当然顰蹙をかう他ない。ただ、ここで綴ったのは論文でも演劇論でもない。それは、未知座小劇場がする現場からの報告である。この一点は、最後まで手放さなかったつもりである。この意味で黙許願えれば幸いである。
さてさてこのような中での、今回の公演『大阪物語』は、来年のテント公演を射程した、このいまの行為となっている。それは行きはぐれてしまった、テントという最も古典的な領域に視線を贈り、百花繚乱の情報論の海から、自殺行為にもにた綱渡りをしようという図であるから、もうこれは「あつは、ぷふい」というしかないのであった。
こうしてついに、この拙文も『大阪物語』で何らかの具体性を差し出すしかないというところにたどり着いたようである。一つの糧にと台本執筆中にもかかわらず「無観客試合」へ絡みとられてあるであろう情報論を見定めることを望み、この『演技について 〜無観客試合と演劇〜』を綴りはじめたのだが、その思いもまた、日々の稽古の中に切り刻むしかないようである。
【 注記 2 】 『 演技について 〜無観客試合と演劇〜 』掲載にあたり、全体を各章に分け小見出しをつけた。初期の文にはこの小見出しはない。 (2005.09.02 記)
【 注記 3 】 ここに掲載した拙文は、「4」「5」を追加して、上演台本『大阪物語』の添付資料としたものの転載である。 (文責・闇 黒光)
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