2009/01/12
高島野十郎『月』と沈黙と…
暗転論が可能なら……
高島野十郎(1890〜1975)の『からすうり』を最初にみたのは何時のことだろうか?もちろん実物ではない。ずいぶん前だという記憶しかないが、そのまずはの印象がスーパーリアリズムということだったから、例えば「1970年前後からニューヨークを中心に進められた写実主義の傾向」ということになれば、それ以降ということになる。だが、そんなに前でもない。その後、雑誌をめっくっていて偶然出くわしたのかもしれない。たぶんこのとき「高島野十郎」と『からすうり』は強固に結びついてはいないかったはずだ。
『過激な隠遁 高島野十郎評伝』を読む機会があった。何よりもまず驚いたのが著者の川崎浹が『テロリスト群像』の翻訳者だったことだ。瞬時に何かが目覚め、ある追憶に導かれ、予期せぬ水辺に叩き込まれてしまう。読みすすみ高島野十郎と川崎浹の出会いが偶然だということがわかるのだが。
カラー刷りの挿絵で紹介されている『月』と『蝋燭』が気になってきた。『菜の花』の花がすべてこちらを向いているものも何かうらめしい。うまくいえないが、それは静寂に埋もれた名付け難い息吹が眼をあけてこちらに視線を預けているような、静謐に隠れた吐息、といえばまずはいいだろうか。これらは明らかである。それは高島野十郎の視線であり、息吹、吐息であるのだ。言葉を換えればこの視線とは高島野十郎の佇みであり、そして息吹は呼吸であり、吐息は鼓動であるということは間違いない。わたしたちはその現場に立ち会っているのだ。高島野十郎の佇みに寄り添ってわたしたちも佇んでいるのだ。
だが『月』は違う。暗闇のなかに高島野十郎は佇んでいる。より雄弁にである。例えば『蝋燭』では高島野十郎はその前に佇んでいる。あるいは『蝋燭』の炎により近い。つまり佇む場を予感させる。だが『月』ではそこは高島野十郎の佇みそのものなのだ。
中空に浮かぶ月。これを取り巻く、淡く緑色に化身した闇。としても月が闇を指し示すのではない。また闇が、月を浮き上がらせるのでもない。月と闇は補償的ではなく、補完的でもなくそこにある。だからといってそれらは独自ではない。それは『雨 法隆寺塔』の五重塔と、これでもかというなかに消え入る細線の雨に似るだろうか?
ここまでくればもう『月』全体を、わたしは沈黙と呼ぶことができる。
この全体はいうまでもなく、舞台でいうところの暗転のことに他ならない。暗転とは沈黙のことであり、そうすることでより雄弁である。ここには、暗転であるという場があるのだ。
わたしが今更いうまでもなく、舞台における暗転という交わしてあったのではない約束事は、舞台の側からの都合や、段取りで用意するものでは断じてない。沈黙は登場すべくして登場するしかないのだ。なぜなら、沈黙とは発話に至るための言霊の住処であるからだ。そこは逃げ込む場ではないのだ。客席でのわたしは、暗闇という沈黙のなかで、爛々と眼を輝かせる。瞑想は時間のなかで具体化し、やがて明らかになるであろう舞台を射抜かんとしているだろう。ここでの道具転換の雑音など愚の骨頂である。暗闇という沈黙でしかなしえぬことは、客席にはあるのである。だが、わたしはそのような沈黙を信用したことはない。舞台の側からすれば、それは手の付けられないものだからである。脈絡として沈黙を用意するのは至難の態と知るだけである。こうして未知座小劇場の舞台に暗転はない。最後の「幕」の一字があるだけである。
それでもなお、このような言霊の住処から、板の上に登り役者たらんとする身体は出立する。そんな場に、高島野十郎の身体は佇んでいるのである。
高島野十郎の前には舞台はないわけであるから、それではかれは何を行為しているのかといえば、見定めているのである。つまりそれは佇むということである。そして雄弁な沈黙を見定めんとすることに限りはない。佇みには限りがない。
高島野十郎は佇み、見定めんと見続ける。一つの作品を仕上げるのに、こうして十数年を要するのかもしれない。それは完成ではなくふん切るのであろう。……人知れず涙腺を隠し。俳優が、奈落から舞台に立ち向かうふん切りにも似て。
こうして暗転とは、沈黙とは、出立のための地平であろう。そこが高島野十郎の『月』である。
追記: 『月』は数枚、『蝋燭』は十数枚以上の作品があるようです。ここに画像データを引用できるようにすれば良いのですが、その作業は省きました。著作権等々の手続きを知りません。で、検索URLで「高島野十郎」と「沈黙」を検索しましたら、以下のURLが現れました。沢山あるようですが、とりあえずです。 いずれもリンクは未了承です。
『没後30年 高島野十郎展』・http://blog.livedoor.jp/errance/archives/cat_1103894.html
福岡県立美術館には高島野十郎絵画の相当数のコレクションがあるようです。
福岡県立美術館 野十郎の部屋・http://fpmahs1.fpart-unet.ocn.ne.jp/cont_j/topics/topics_det1_6.php?TOPICS_ID=181
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