2009/01/19
塩田千春『After That -皮膚からの記憶』の世界 その1
塩田千春(1972〜)の世界を、わたしの側から何とか言葉にしてみたい、というのがここでの思惑である。
言葉にする……。
ある舞台に立会ったあと、それを言葉にする必要はあまりない。わたしたちの稽古場や、未知座小劇場の舞台で解消すればことはたりる。そうできるかどうかは別にして、それが正統であり、それ以外にはない。もちろん、あまりの阿呆らしさに言葉を失うこともある。その逆は、また多くは、言葉にしなければならないことは舞台を離れてある。
……なんというか「あまりの阿呆らしさに言葉を失う」などと綴るから、何かが捻じ曲げられ、考えなくてもいいことに足場を移さざるをえないことになるのだが、それはわたしが、そしてわたしたちが状況に即してあるしかないという別名に過ぎないといえばそうなのだが、このいたしかなさが救い難いのは、情況論に耐えうる情況に転化することができないのではないかということが、ことの本質のようにも思われる。黙ってそこを通り過ぎれば良いようなものの、そうはいかないのが煩悩具足の、これまたいたしかなさである。つまり、このなんとも判ったような言い方をしてしまうのが、煩悩具足のどうしようもないだらしなさであり、三度いたしかたない。二言三言いつも多いのだ。この文章もまたしかりかも知れない。
さて、上記の「その逆」だが、これは演劇といわれるものの範疇にはないことになるだろう。あえてそうすることが方法なのだ。繰り返せば「その逆」であるものも「わたしたちの稽古場や、未知座小劇場の舞台で解消すれば」、そうできればそれが最良の手立てであるが、すべてが望むようにいくわけではない。言葉にせざるをえない。それは「稽古場や、未知座小劇場の舞台」を突き動かすためにこそ、言葉にしなければならないのだ。それは多くは、演劇といわれて括られるであろうものの範疇外にあるのである。できるなら、それを情況といいたいのだ。それは演技そのものなのだが。……ここでも演劇をして演劇を語ることはできない。
思いつくまま羅列することは容易い。
日本舞踊の「武原はん(1903-1998)」である。正確には「武原はんと井上八千代(1905-2004)」となる。このお二方はすでに亡くなられているが、先日、テレビでかつての舞台が放映されていた。武原はんの『ゆき』はことさら動かない。そう思われる。井上八千代の『長刀八島』は動きそのものである。わたしのなけなしの日本舞踊観からすれば大きく逸脱している。何故だ?いそいそと二十年前の『日本の舞踊』(渡辺保・著)を引き出し、読み直す始末である。何とか言葉にしてみたい。
分析哲学あるいは言語哲学では言葉の表現の意味が問われる。わたしの位置からすればそれは発話のことであるのだが、これを表現として絡みとり、プラトン・アリストテレス以降の哲学的課題に応えうると架設するのはなぜか?これは演劇的課題(?)といかに絡むのか?ソシュールと木田元が発露する反哲学としてのハイデッガーでは駄目なのか?多分そこがわたしのウィトゲンシュタインになるのかもしれない。これも言葉にしてみたい。
演劇を演劇をして死滅させるに似て、仏道に帰依した親鸞が、思想家たらざるをえない親鸞に転位するその脈絡はどのように用意されざるを得なかったのか?非僧非俗の愚禿をにんじるとき表現としての浄土はどのようにして表現たりうるのか?やはり言葉にしてみたい。法然や親鸞の専修念仏に対するその出自を問った明恵上人の根拠論の正当性は演技論たりうるか?
三木成夫の圧倒的な時間軸をともなった解剖学は、演劇的身体論たりうるか?メルロ・ポンティーは?
夏目漱石はなぜ夏目漱石でありえたのか?
きりがない。
高島野十郎の遺作『ノート』にもたどり着いていない。
これらの百の思惑が揺れに揺れ、ぶれにぶれようと一つの拘りを言葉にしてみることができるなら、小躍りしてみることはやぶさかでないが、可能なものはその一つにまとわり付いた余剰なものを言葉にできるだけなのかもしれない。幾多はこんな予感に規定されて立ち上がってくるのだが、そこを潜り抜けることで、辛うじて爪痕を立てることができるのではないか……そう思い知らされる。
さて、こうしていまわたしは塩田千春の前に立っている。正確には佇んでいる。
昨年の八月の下旬、大阪の国立美術館に、ある芸大の卵学生とモリエール展を見に行った。これが目的であった。入り口前のフロアーで『塩田千春 精神の呼吸』展が催されていた。モリエール展のチケットを購入するとこれも入場できるのであった。悪いがモリエール展は二の次となった。
わたしは塩田千春という方を知らない。まったく知らない。そうして『大陸を越えて』から『眠っている間に』と歩いていく。『After That -皮膚からの記憶』に移っていく。ここで佇む。
飛びタッパゆうに二十尺はあるだろう大きな作品である。
わたしはこうして今、徒手空拳で塩田千春の『After That -皮膚からの記憶』の前に佇んでいるのであった。昨年の八月以来……危険である。
参考URL
『舞ひとすじ武原はん』・http://www.nihonbuyo.com/video/han.html
塩田千春ホームページ ・http://www.chiharu-shiota.com/jp/
『塩田千春 精神の呼吸』・http://www.nmao.go.jp/japanese/chiharu_shiota/works/index.html
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